離婚後の豊かな暮らしの作り方

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  • 目を守りながら働きたい。長時間パソコンに向かえない私が、ひとり在宅ウェブワーカーに惹かれる理由

    目を守りながら働きたい。長時間パソコンに向かえない私が、ひとり在宅ウェブワーカーに惹かれる理由

    でも、それを当たり前のように続けられる人もいれば、そうではない人もいる。私はどちらかというと後者だ。

    もともと目には弱点がある。強い近視と乱視があり、8年前には左目の網膜剥離で手術も経験した。そのこともあって、長時間画面を見続けることには、いつも少し不安がある。

    ただ、そのことを職場で話したことはない。もし「パソコン仕事は難しいのでは」と思われたら、仕事を任せてもらえなくなるかもしれない。そんな気持ちがどこかにあるからだ。

    職場では、仕事の合間に目薬をさしている人をよく見かける。でも、私は仕事中に目薬は使わない。その代わり、ときどき机の下で手のひらにある「目にいい」と言われるツボをそっと押している。

    そして、私には理想としている働き方がある。

    25分くらいパソコンに向かったら、一度席を立つ。肩や首を軽く動かして、ほんの少しストレッチをする。その2〜3分の間だけ、ピンホールメガネをかけて目を休ませる。

    たったそれだけのことだけれど、目も体も「ずっと同じ姿勢のまま頑張り続けなくていいよ」と言われているような気がする。

    本当は、こういう小さな休憩を気兼ねなく取り入れられる働き方が、私には合っているのだと思う。決められた時間ずっと座り続けるよりも、自分の体調やコンディションに合わせて、少し立ち止まりながら仕事をするほうが、結果として長く続けられる気がしている。

    だから、私がひとり在宅ウェブワーカーという働き方に惹かれる理由の一つは、こういうところにもあるのかもしれない。

    無理をして働くのではなく、自分の体をいたわりながら働くこと。目を守りながら、静かに、自分のペースで仕事を続けていくこと。

    私にとって理想の働き方とは、たくさん稼ぐことだけではなく、自分の体と相談しながら、そんな小さな「余白」を大切にできる働き方なのだと思う。

    実は、2か月前に辞めた職場では、こんなことがあった。

    長時間パソコンに向かっていると、目の奥がじんわり重くなる。そんなとき、私はほんの少しだけ手を止めて、目のまわりをそっと揉みほぐしていた。

    ある日、その様子を上司に見られた。

    「何してるん?」

    そう聞かれて、「目を休めています」と答えた。

    すると、少し呆れたような顔で、

    「頼むから仕事してや」

    と、関西弁で返ってきた。

    その言葉を聞いたとき、私は何も言い返せなかった。

    きっと上司から見れば、仕事中に手を止めているように見えたのだと思う。でも、私にとっては、怠けていたわけではなかった。

    ただ、この先も仕事を続けるために、少しだけ目を休ませたかっただけだった。

    そのとき、ふと昔の学校の体育の授業を思い出した。

    喉がからからに渇いているのに、「授業中は水を飲んではいけません」と言われていた、あの頃のことを。

    今思えば、とても不思議なルールだ。自分の体のことは、自分にしかわからない。喉が渇いたら水を飲む。それは、ごく自然な体の反応だったはずだ。

    パソコン仕事をしていると、私は同じような感覚になることがある。

    目が疲れた。少し休ませたい。ほんの2、3分、画面から離れて遠くを見たり、席を立って肩を回したりしたい。でも、まわりが黙々と仕事をしている中で、自分だけ休憩を取ることに、どこか後ろめたさを感じてしまう。

    本当は、自分の体のことは自分がいちばんよく知っている。目に弱点があることも、無理をすると後でどれだけつらくなるかも、自分がいちばんわかっている。

    だから、目が疲れたら休ませる。喉が渇いたら水を飲む。

    それは怠けることでも、仕事をさぼることでもなく、自分の体を守るための、ごく当たり前の行動なのだと思う。

    私は仕事をしたくなかったわけではない。

    むしろ、その仕事をこれからも続けていくために、ほんの少しだけ目を休ませたかっただけだ。

    長時間パソコンに向かい続けることに不安があるからこそ、2、3分だけ目のまわりをほぐして、また仕事に戻る。その小さな休憩は、私にとって「さぼる時間」ではなく、「仕事を続けるための時間」だった。

    でも、それは職場では理解されなかった。

    仕事を続けるために、自分の体を少しだけいたわりたい。

    そんなささやかな願いさえ言葉にしづらくて、我慢して、周りに合わせて、また画面に向かう。そうやって、自分の体の声を後回しにするたびに、少しずつ気持ちがすり減っていった。

    あの職場を辞めた理由は、一つではない。

    でも振り返ると、私が失っていったのは体力だけではなく、「自分の感覚を大切にしてもいい」という気持ちだったように思う。

    だから私は、もうそんな働き方はしたくない。

    無理をして、体を酷使して働き続けることよりも、自分の体の声をちゃんと聞きながら、長く穏やかに働き続けられるほうが、私には大切に思える。

    25分ごとに席を立ってもいい。目が疲れたら、ピンホールメガネをかけて数分休んでもいい。

    誰かに許可をもらうのではなく、自分の体と相談しながら仕事をする。

    そんな働き方ができる場所を、私はこれから少しずつ、自分の手でつくっていきたいと思っている。