妻でもなく、母親だけでもない。一人の女性として、自分らしい人生を取り戻していく記録。
離婚して3年。
ひとりの女性として、「ひとり」の暮らしには慣れた。
でも、今度は娘が少しずつ私から離れていこうとしていた。
「母である私」が揺らいだ日
私は48歳。
16歳の娘と二人で暮らしているシングルマザーだ。
これまで私は、娘を育てることを中心に生きてきた。
仕事をして、家のことをして、娘の学校や生活を守る。
つらいことがあっても、「母親なんだから」と自分に言い聞かせてきた。
自分のことは後回しだった。
疲れていても、苦しくても、娘のためなら頑張れると思っていた。
母親であることが、私の生きる理由のようになっていた。
そんな私が、ある時、仕事を辞めることになった。
体力的な不安。
心の不調。
これからの生活への心配。
私の中には、たくさんの不安があった。
本当は、娘に言ってほしかった。
「大丈夫?」
「お母さん、無理していたんだね」
そんな一言が欲しかった。
でも、娘から返ってきた言葉は、
「私の学校はどうなるの?」
だった。
その瞬間、胸の奥が冷たくなった。
娘に「家族と思っていない」と言ってしまった母の本当の気持ち

もちろん、娘が学校や将来を心配する気持ちは分かる。
16歳なら、自分の生活に関わることを考えるのは当然なのかもしれない。
娘は娘なりに、不安だったのだと思う。
でも、その時の私は、娘の不安より先に、自分の存在が見えていないように感じた。
私は今まで、何のために頑張ってきたんだろう。
私はあなたのために、いろんなことを我慢してきたんじゃなかったのか。
そんな思いが、悔しさになって押し寄せてきた。
悲しいというより、悔しかった。
私はただ、
「私のことも見てほしかった」
のだと思う。
でも、その気持ちをうまく言葉にできなかった。
傷ついた私は、娘に言ってしまった。
「あなたのことは家族と思っていない」
と。
今思えば、本心ではなかった。
本当に家族だと思っていなかったわけではない。
むしろ逆だった。
大切だったから。
期待していたから。
分かってほしかったから。
だから、傷ついた。
あの時の私は、娘を遠ざけたかったのではなく、自分の心を守ることで精一杯だった。
「私のことも見てほしかった」仕事を辞めた日に感じた孤独
そして今、私は娘に会うのが怖い。
顔を合わせたら、また辛辣な言葉を投げてしまいそうだから。
だから私は、今朝、何も言わずに家を出た。
逃げたのかもしれない。
でも、これ以上お互いを傷つける言葉を重ねないために、離れる必要があった。
私は今、よく行くカフェにいる。
ここは私にとって安全な場所だ。
静かな店内で、一人になって、私は自分の人生について考えている。
48歳シングルマザー、仕事・将来・自信を失っていた私

私は、仕事が長く続かない。
何かを変えたいと思って、副業にも手を出した。
でも、焦る気持ちから手当たり次第になり、なかなか形にならない。
年金も免除してもらっている。
将来、自分はどうなるのだろうという不安がある。
社会保険に入ることも怖くて、長期の仕事を避けてしまう。
「また続かなかったらどうしよう」
「またできなかったらどうしよう」
そんな不安が、いつも私の足を止める。
私は心の病も抱えている。
調子が悪くなるたびに、自分を責める。
どうして普通にできないんだろう。
どうして私はこんなに弱いんだろう。
そんなふうに、自分を嫌いになることも多い。
さらに、私には目の不安もある。
極度の近視で、乱視も強い。
今かけている眼鏡は度が合っておらず、遠くがよく見えない。
外に出るだけで緊張する。
ちゃんと見えているだろうか。
間違えていないだろうか。
そんな小さな不安が積み重なり、いつの間にか私から自信を奪っていった。
私は母親である前に、一人の人間だった

48歳。
シングルマザー。
仕事にも将来にも、自信が持てない。
そして娘も、もう私がいなくても生きていけるように見える。
そう思った時、私はふと考えた。
「私は何のためにいるんだろう」
と。
娘が自立していくことは、本当なら喜ばしいことなのかもしれない。
親として、それを願ってきたはずだった。
でも、娘が私なしでも生きていけるようになった時、私は自分の役割がなくなったように感じた。
母親として必要とされる時間が終わってしまったような気がした。
寂しかった。
悔しかった。
私は、誰かに必要とされることで、自分の価値を確かめていたのかもしれない。
でも、カフェで一人になった今、少しだけ思う。
私は「母親」である前に、一人の人間だった。
傷つくこともある。
疲れることもある。
誰かに認めてほしいと思うこともある。
完璧な母親ではなかったかもしれない。
それでも、不安を抱えながら、ここまで娘を育ててきた私がいる。
今はまだ、娘を素直に見られない。
今はまだ、優しい言葉をかけられない。
でも、私の中にある「悔しかった」という気持ちは、娘を憎んでいるからではない。
本当は、
「私自身も大切にしてほしかった」
という叫びなのだと思う。
これから先、私は「母親として必要とされる自分」だけではなく、
「私自身」
として生きる方法を探していかなければならないのかもしれない。
まだ答えは見つからない。
でも、今日カフェに逃げてきた私は、同時に自分を守ろうとしていた。
それだけは、今の私が自分に許してあげてもいいことなのかもしれない。


