子どもを幸せにするために、私は私の人生を生きることにした

親子の距離

失業して、子どもの学費という現実的な問題を抱えている。

本来なら、不安で眠れない日々になってもおかしくない。

けれど、不思議なほど心は静かだった。

問題が消えたわけではない。

未来が約束されたわけでもない。

それでも、心の奥には小さな確信のようなものがあった。

もしかすると私は、ずっと探していたものを見つけ始めているのかもしれない。

母親として子どもを守るだけではなく、
ひとりの人間として、自分の人生を歩むこと。

私が私の使命を思い出し、歩き始めたとき。

子どももまた、自分自身の人生へ向かって自由に歩き始めるのかもしれない。

そのことに気づいたとき、
私は「子育てが終わる」という意味を、
少し違う角度から見るようになりました。

子どもを手放すことではない。

親子の絆が薄れることでもない。

母親が自分自身の人生を取り戻すことで、
子どももまた、自分の人生を生きる準備ができていく。

そう考えるようになったのです。

母親が自分の使命を思い出すと、子どもは自由になれるのかもしれない

母親が自分の使命を思い出し、歩き始めるとき。

その姿は、子どもにとって何よりの安心になることがあります。

子どもは、とても敏感です。

母親が寂しそうなら、
「そばにいなきゃ」と感じることがあります。

母親が自分を犠牲にしているなら、
「期待に応えなきゃ」と思うことがあります。

母親が人生の目的を見失っているなら、
無意識のうちに、
「自分が生きがいにならなければ」と感じることさえあります。

けれど、母親が

自分の好きなことを見つける。

誰かの役に立つ喜びを知る。

仕事でも、創作でも、学びでも、
自分自身の人生を歩き始める。

そんな姿を見た子どもは、

「もう私は、私の人生を生きていいんだ。」

そう感じられるようになるのかもしれません。

だからこれは、
母親が子どもを手放すという話ではありません。

母親が自分自身を取り戻すことで、
子どももまた、自分自身として生きる勇気を得ていく。

そんな親子の変化のことなのだと思います。

子どもを幸せにしたいと願い続けてきた。

でも、本当に必要だったのは、
私が私の人生を幸せに生きることだった。

母親が自分の使命を思い出したとき。

子どもは安心して、
自分の人生へ旅立っていけるのかもしれません。