新しい自分を探しに出たのに、最初に出会ったのは”変わらなければいけない自分”だった。
小さな一歩
新しい扉を開けたつもりだった。
子育てが少しずつ手を離れていく。
母親という役割だけでは、この先の人生の間がもたない。
そんな虚しさを、少しでも薄めたかった。
娘に前ほど必要とされなくなった日々に、何か新しい意味を見つけたかった。
大げさかもしれないけれど、私は小さな一歩を踏み出したつもりだった。
週末だけのアルバイト。
場所は、結婚紹介所の婚活パーティー。
誰かと誰かの出会いを支える仕事。
人と人の間に立つ仕事。
人付き合いが得意なわけではない私には、少し勇気のいる挑戦だった。
でも、私は思った。
丁寧にやればいい。
分からないことは教えてもらえばいい。
相手に失礼がないように、一つひとつ覚えていけばいい。
それが私のやり方だった。
「それが私なのだけれど」
その日のイベントは、「スマホパーティー」と呼ばれるものだった。
参加者はスマホを使いながら、次々に相手と交流していく。
画面の中で進んでいく会話。
短い時間で相手を知り、次の人へ移っていく。
人との出会いさえも、スマホの中で進んでいく時代なのだと思った。
私はそのスピードについていけず、少しずつ緊張していた。
そんな私に、仕事を教えてくれた女性が言った。
「いつもそんなに丁寧にしていたら疲れない?」
私は、なんと言っていいのか分からず、困ってしまった。
初めて言われたわけではない。
「きっちりしすぎて肩がこらない?」
「もっとリラックスして。」
「そんなにかしこまらなくていいよ。」
これまでにも、ときどき人から言われてきた言葉だった。
でも私は、そのたびに思う。
それが私なのだけれど。
無理をして丁寧にしているわけじゃない。
力が入っているわけでもない。
人と話すときは、自然とこうなる。
それが私の、いちばん自然な姿なのだ。
きっと彼女は、緊張しなくていいよ、という意味で言ってくれたのだと思う。
責めたかったわけではない。
むしろ気遣いだったのだろう。
それでも、その一言は胸の奥に静かに残った。

また、私は、「変えた方がいい人」なんだ。
そんな気持ちになった。
母親として過ごしてきた時間の中では、私の丁寧さは役に立っていた。
子どもの話を最後まで聞くこと。
学校や先生とのやり取りをきちんとすること。
人に失礼のないように振る舞うこと。
その積み重ねが、私という人間をつくってきた。
でも社会に戻った途端、それは「少し固いね」と言われる。
長所だったものが、欠点のように見えてしまう。
それが、とても悲しかった。
「もっと自分らしく。」
よく聞く言葉だ。
でも、自分らしくしているのに、誰かには「固い」と映る。
自分を出せば出すほど、浮いてしまうような気がする。
では、私はどうすればいいのだろう。
明るく振る舞えばいい?
もっと軽く話せばいい?
もっと適当にすればいい?
でも、それは私ではない。
私は、私のままで人と関わりたい。
長所だったものが、欠点になる場所
昨日始めたばかりの仕事。
もう辞めたいと思った。
この先、慣れる日が来るのだろうか。
この場所で自然に笑える日が来るのだろうか。
今日も出勤の日。
とりあえず、今日だけは行こうと思う。
答えを出すのは、そのあとでいい。
帰り道、私は考えていた。
私は一体、何を持っているのだろう。
妻という肩書きを失って。
母親という役割も、少しずつ終わりに近づいて。
その役割を全部外した私は、誰なのだろう。
答えは出なかった。
むしろ、何も残っていないような気がした。
昨日まで当たり前だった場所から、一歩外へ出ただけなのに。
社会の中に戻ろうとしただけなのに。
自分がどれほど不器用で、どれほど人と違うのかを思い知らされた気がした。
新しい自分を探しに出たのに、
最初に出会ったのは、
「変わらなければいけない自分」だった。
まだ名前のない私
私は、もっと自然に人と話せる人になりたかった。
初対面の人ともすぐ打ち解けられる人になりたかった。
スマホを使いこなし、時代の流れについていける人になりたかった。
でも、できなかった。
頑張ろうとするほど、体に力が入った。
自分を変えようとするほど、自分が遠くなった。
今日も仕事へ行く。
行くだけで精一杯かもしれない。
笑顔を作る余裕もないかもしれない。
向いているのか。
続けられるのか。
そんな答えは、まだ出せない。
ただ今の私は、
自分には何もないような気持ちと、
誰にも分かってもらえないような寂しさの中にいる。
母親ではない私。
妻ではない私。
誰かのために生きる役割を、少しずつ手放した私。
その先にいる「私」は、
まだ名前がない。
今はまだ、
自分を取り戻した、とは言えない。
新しい人生を始めた、なんて綺麗な言葉も言えない。
私は今、
何者でもない自分の前に立っている。
泣くほどの出来事ではないのかもしれない。
誰かに話せば、
「気にしすぎだよ。」
その一言で終わってしまう話なのかもしれない。
それでも、
私の中では確かに何かが音を立てて崩れてしまった。
その崩れていく音を、
うまく言葉にできないまま、
今日も私は仕事へ向かう。
せめて、
自分が今感じていることの細部を、誰かに語れたら。
次の章では──
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